依頼前テスト_2019/11/9 (土) 京橋小隊バザー
- バザー
(救世軍万国本営サイト2010年3月5日付)
救世軍はチリ南部に勢力を集め、国土の多くを壊滅させた地震と津波で被災した人々、特にコンセプシオン市内とその周辺の人々を助けるために慎重な計画を練っている。
チリ南部地域のための緊急災害本部がウアルペンシーリョにある救世軍の小隊に開設された。この場所はコンセプシオンと海岸の間に位置している。小隊には食事の準備ができる台所がある。小隊にはテントの群れが置かれているがそのいくつかは、地震に伴う津波で家を流失したウアルペンシーリョの救世軍兵士(所属員)が入っている。
最も大きな被害を受けた地域に物資を提供するため、バルディビアからの緊急災害チームが3月1日の月曜日に到着した。バンを含む救世軍の車両群で食料や必需品を現在配布している。ウアルペンシーリョの南250kmにあるオソルノから来た緊急災害サービスチームの士官と兵士たちが地元の救世軍人に加勢している。
5年以上前に、ホアン・グティエレス少佐はウアエルペンシーリョの小隊士官(牧師)をしていたが、彼はその時、救世軍の敷地周りの芝と花壇に水をやるための井戸を掘ったのであった。彼は結局それを使用しなかったのであるが、しかし神は彼の考えを祝福し、この井戸を、救世軍の地震被災者支援における重要な素材としたのである。
現在の同小隊士官であるアブラアム・マリン少佐が水曜日(3月3日)に、ポンプを設置し、オソルノの小隊士官であるロベルト・モヤ少佐が持ってきた発電機を取り付けた。現在、ウアルペンシーリョの救世軍で支援を受ける人々には清浄な水の供給源がある。
救世軍チリ南部連隊の連隊長、ホアン・カルロス・アラルコン少佐は言う。「わたしはグティエレス少佐と電話で話し、彼が井戸を掘っておいてくれたことに感謝を述べました。この井戸が今、数百世帯の助けとなっています。ウアルペンシーリョでは食料だけでなく、きれいな井戸水も供給されています。」
コンセプシオンの小隊士官であるカルロス・アグイラル少佐とエリサベツ・アグイラル少佐、そしてウアルペンシーリョの小隊士官であるアブラアム・マリン少佐とノルマ・マリン少佐は小隊の所属員たちと会合を持ち、地震で被災した人々にどのような支援をすべきかを話し合った。この会合には当地域管轄の政府機関、陸軍、海軍、他の宗教団体と非政府組織(NGO)の代表者も加わった。
2つの小隊が公的な認証を受け、現在の支援とそれに続く再建の段階を支えるために通信設備が整えられた。
チリの首都サンティアゴは、南部の各都市ほど深刻ではないが地震の被害はやはり出ている。ブラジル街区では毎日1,500から2,000人が給食を受けている。現在は温かい食事と整った内容の朝食が提供され、水、応急手当用品、毛布、蝋燭(ろうそく)も支給されている。
ナンシー・アラルコン少佐は、手術からの回復中で公式には病気療養中となっているが、救世軍チリ南部連隊にインターネットや電話、手紙やはしり書きなどで寄せられる消息不明人の問い合わせに対応している。水曜日にはナンシーと彼女のチームは田舎のある村で無事であると判明した人物について、ヨーロッパからの問い合わせに返信することができた。支援活動の中でもこの働きはさらに手広く行われることになろう。
「ウアルペンを助けよう」これはチリ南部のチロエ島・アンクドの小隊士官、マルコス・グティエレス大尉が掲げるスローガンであり、彼が管轄する地域のラジオやテレビでこれを訴えている。彼は、60袋の商品、衣類、200リットルの水、50個の容器入り牛乳、パスタ、米、袋入りのじゃがいも、大人用の使い捨ておむつ、瀬戸物、毛布、布団、シーツなどを受け取った—すべて小隊近隣から寄付されたものである。
アンクドからウアルペンシーリョへ品物を運ぶため、市のトラックが大尉に委ねられた。大尉はその旅程にアンクドのラジオ司会者とリポーターを伴うことになっている。
ホアン・カルロス・アラルコン少佐はこのように結んだ。「夜間外出禁止令の間もわたしたちの(救世軍)士官には移動の自由が与えられているという報告を聞いて喜んでいます。物資輸送の自動車隊も安全に調整管理されています。わたしたちは、当該地域の行政府から認められた支援実施団体の一つとなっています。」
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